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花火大会
トイレに入っていると、ただならぬ音がした。
遠くからドラムを転がして鼻先に来るような音。今年の花火大会が始まった。

赤、黄色、オレンジ、白、紫、水色、ゴールド。
ヒュルヒュルとオレンジ色にまっしぐらに天頂を目指して炸裂する花火。音が聞こえず、突然花が咲いたように広がるもの。金色の蛇のように螺旋を描いて、力強く追いかけるもの。数秒後に、お腹の底に響くド~ンという音と共に空いっぱいに描かれる。ニコニコちゃんの顔。リボン。向日葵。菊の花、ガーべラ、小ぶりの水仙が野原一面広がるような花火。ざらめを塗したようにはぜる音がする。両親の住むマンションのベランダは、花火のためのスクリーンになる。

ときどきやけっぱちのようにこれでもか、これでもか、とうちあげられる。空がデンデン太鼓のように反響する。花火師たちが腕によりを掛けて見せ場を作る。人々が興奮して手を叩き、子どもが「たまや~!」と叫ぶ。

真昼のようにあたりが真っ白になり純白の花がいくつもはじける。空砲が何発か打ち上げられ、赤いススキのような花火で今年も花火大会が終わった。来年はこのベランダで誰と眺めているのだろう?
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[2007/09/29 20:23] | セミナー | トラックバック(0) | コメント(0)
人の魅力
「どのタレントが好き?」
と聞かれたら、迷わず柴田里恵、山口智充(敬称略)の名前を挙げる。二人に共通なのは、他人を貶める発言を公共の電波に乗せないことや、下品な下ネタを言わないことだが、テレビで見ていてほのぼのと暖かい気持ちにさせてくれる。
 サービス精神に溢れて、細やかな感情の機微に富んでいることも原因かもしれない。時に里恵さんは情にもろくハンカチで目の淵をぬぐったり、ぽろぽろ涙をこぼしながら、人の痛みに共感する。面白い事をガハハと笑い飛ばすのも、得なキャラクターだなぁと思う。あの出っ歯なところも好きだ。

CAPを行っている人達の多くは「お母さん」を経験しながら、他の仕事をこなしながら、日々早起きして仕事にいそしんでいる。来年1月にグループを立ち上げるCAPプラムの人達は、私の知る限り経産婦だが、気さくな人達で、ロールプレイの練習など時間があれば真摯に取り組んでいる。元々は子育てのNPOからたちあげているので、母親の疲労や精神的な悩みを汲み取る力もある。何でもはじめたばかりのことには不安がつきものなのに、その不安も一つ一つこなして乗り越えようとする前向きな力を溜めている。誰かが疲れたとき、一緒にしょぼくれたり、励ましあう仲間が働く原動力になる。ラッキーな出会いがあると、心もち背筋を伸ばして、明るいジョークと共に悩みを吹き飛ばしてくれる。ありがとう。
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[2007/09/29 17:16] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0)
高校生と上手く付き合う方法
魔法のような業があったら、是非知りたいです(笑)尽きるところは、相手の言い分を聞き、親としての限界と未成年の限界の両方を示し、じっと我慢…。

今夜、高校の同級生の女の子が、親と喧嘩をしたとかで、泊まりにきます。これで今年になって二人め。父親との関係が上手く取れない事が原因のようですが、たとえ母親であってもそれは同じこと。上手く行かないときは最悪の雰囲気の中で過ごさなければならないのも家族です。

私「危ないから、一緒に駅まで迎に行ってあげる」
娘「いいよ、そんなこと」
私「だって危ないじゃない」
娘「今まで塾の帰りだってむかえにこなかったじゃない。今日だけおかしいよ」
私「世の中には危ない事がいっぱいあるんだから状況が違うでしょ」
娘「二人だからいいよ。それに親離れしてないんじゃない、うるさいよ」
と携帯片手に鼻にしわ寄せ、あたりを気にして憎らしげな表情。

こんなところからいつも親子喧嘩がはじまります。親からうるさく言われうちが花なんだけど、わからないだろうなぁ...悲し。
[2007/09/26 23:04] | 子ども | トラックバック(0) | コメント(0)
自分で自分がわからない?
眠りにつこうとする瞬間、どこまで意識が残っていてどこから睡眠に入るのか、とても知りたい時期がありました。今日は(眠りに入る瞬間をつかむぞ!)と意識していてもその狭間がわからないのです。

ほんとに妙なことに一生懸命になったものです!雲をつかむような話です。自分の意識をコントロールできないのが人間で、なんとかコントロールしようと努力するのも人間なんでしょうか?人の問題はよく見えてうまくアドバイス出来ても、自分の問題はなかなか上手く見えませんものね。

今夢中になっている恩田陸さんの『蒲公英草紙』のなかの一節です。

そもそも人間自体がいんすぴれーしょんの塊みたいなものでしょう?僕たちは自分で自分を見る事が出来ません。鏡を見るか川のほとりにでもかがみこまない限り、自分は『見えない』存在です。誰一人として自分のことを自分の目で見られる人はいません。僕はこのことをすごく面白いと思います。他人のことは見られるのに、自分だけが見られない。このことは大きな問題だと思います。小さな子どもは、他人だけを見て生活しています。なかなか自分と言う存在に気づかないし、自分がどんな顔をしているのかも知らないし、自分と同じように他人が感情や考えを持っていることがなかなか理解できない。僕たちは成長するにつれて、文字通り自分を発見してゆくわけです。自分の姿を長い時間を掛けて見つけだしていく。僕は、このことが人間を人間たらしめているような気がするんですよ。
[2007/09/25 10:56] | スピリチュアリズム | トラックバック(0) | コメント(0)
嫉妬
2年前にスピリチュアル・カウンセリングを受けた時、「あなたは娘さんに嫉妬しているの?」とカウンセラーに言われて、ブルブルと顔を横に振った。「え~、とんでもない。私たち仲良しですよ!」思わず、白雪姫と怖い継母の関係を思い出した。

娘も年頃になり、どうやら彼氏も出来て、夜遅くまでメールをしている。お友達の多い子どもで、いままでも休日は遊びまわっていた。けれどもある日指折り数えると、もうこの子はあと1年半で一応大人とみなされるのだ…と感じたときから、二人で過ごす時間が制限付きなのだと実感するようになった。

嘘をついて塾をサボった子に説教しながら、説教する相手がいなくなる現実に私は例えようもない孤独を感じているのだった。アイドルの情報、先生のこと、友達と遊びに行く約束。娘は私から段々遠くなる。やがて夢中になる男性とくっつきあって、親の事など頭を掠めもしない日々を重ねるのだろうなぁ。

保育園に預けた4月、娘は給食を食べずに一日じゅう泣いている子だった。(あぁ~あの、食べない子ね)と有名だった。私は2階のすみれ組の子どもたちの泣き声が聞こえる窓の下で、離れがたくてなかなか仕事に行けず涙ぐんだ。始めてキャンプに行く日も、バスを見送りながら泣いた。こうして過去を回想する日々が、だんだん多くなってゆく。

変な男なんかに渡すもんかぁ!大事な私の娘が自由に羽ばたき、私を見放し、知らない世界に飛び立つ事に、私はやはり嫉妬しているのだった。
[2007/09/23 16:50] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0)
蝉の声が細くなった
気づいてますか?
7月の末くらいから、夜は虫の音が聞こえています。最近は蝉の声がだんだん小さくなり、夕方は虫の音のほうがよほど元気です。マツムシ、蟋蟀、カネタタキ、クツワムシ。我が家のベランダでも元気の良い蟋蟀がリンリン鳴いています。

環境問題にはあまり興味のなかった私が最近見るテレビは、世界遺産や気象、環境問題。さすがに異常気象が続くと、もう来年の夏のことを思って心配。夜、とても疲れていて、あくびが出て、イザ寝よう!と思ってフロアランプを消し、虫の音を聞いていても、眠れない・・・空気が熱を帯びて息苦しい。で、また睡眠薬を飲んでしまう。

汗をかかない体質だったのに、妙に自分の汗の匂いが鼻に付く2007年でした。せめて涼しい国の本を読もうと、江国滋の「スイス吟行」を読んでいたら、スイスの男尊女卑の旧婚姻法の部分にムカッと来て、また眠れなくなりました。結婚する前の女性の財産も、相続財産も全部夫のものになる、妻の就労を禁じる、子どもの教育に関する全ての決定権を夫が持つという法律。(苦笑)
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[2007/09/22 21:16] | 更年期障害 | トラックバック(0) | コメント(0)
怒りの人
どんなに正当な怒りであっても、言葉や態度に怒りが色濃くにじむときに、それは相手への暴力になりかねない。例えば『ありがとう』は感謝の気持ちを伝える言葉だ。けれど語気が荒々しく、顔を背けながらありがとうと言っても、不可解さと不快を相手に与える。どんな平和運動であっても、相手を傷つけ、貶める表現は、慎まなければ効果がない。

暴力に関するワークショップを行うと、参加者のそれそれの方の中に様々な感情が揺らめくのがわかる。多くの人から子どもの人権に賛同していただけるが、会場のホワイトボードの前に行くと、始まる前から怒っている人もいる。そういう方は、座り方、視線の強さ、仕草、非言語コミュニケーションがとても強い。

いわく「他人の子どもに、人権などと家庭の指導を軽んじることを言うなんて、大きなお世話だ」始まったばかりで激しく追及されたこともあった。鋭い、刺すような視線を向けられたり、途中退席される。怒りの炎がメラメラと燃え立ち、振り撒かれる気がする。

どんな感じかたをしても、どんな価値観を持っていても、私にはたった2時間の時間でその人を変える力はない。参加者の気付きを促す体験型を進行するだけだ。怒りの放射は辛いが、自分を負けないように努め、巻き込まれまいと踏みこたえるしかない。

時々、自分の体験を語り、自分の失敗を語り、多くの時間を費やした治療のプロセスで気づいた事を披露する。でもその裏側にはほんのちょっとだけ、子どもが嫌いだと感じている人に、自分の子ども時代をふり返って気持ちに気づいて欲しい。今まさに手を振り上げてわが子を殴ろうとしている人に、その手を空中で止めてほしいという願いを込めている。

子どもに興味がありながら子どもが嫌いだという時、特に事件も起きないのに職場の上長に怒りが噴きあげる時、子ども時代に受けた心の傷が反応しているかもしれない。それに気づく事で、一時的に惨めさや悲しさを感じるかもしれないが、あえて臨み、考えることで、人生の宝物を発掘できるかもしれない。美しさに気づかない人は、そばでどんなに光を発していても世界を美しいとみなさない。宝物を探して、この世を美しくできるのは成長して強くなった大人ならではの仕事だと思うのだ。

追伸:東国原知事は私と同じ宮崎県の出身です。婚外子だったという生い立ちになんだか安心するものがありました。偏見や差別をぬぐうような精力的な仕事を続けて欲しい。宮崎県は多くの日本の神話が生まれた土地です。ちなみに、海幸彦、山幸彦でおなじみの神話はよく遊びに行った「青島」という小島で生まれました。砂が白く、やしの樹が茂る樹林の島です。
[2007/09/21 21:40] | 平和・人権運動 | トラックバック(0) | コメント(0)
ちかれ旅
午前中に子どもWS.午後は移動して大人WS。吉田さんと久米さんとの楽しい関東小旅行。校長先生に、本当にやってよかった。CAPの報告で暴力を振るっていた親と子どもの関係が改善された・・・こういうお話をされるとグッときますね。疲れが吹き飛びます。もくもくと働く成果が見える瞬間です。

弱音を吐く私に同年代の久米さんが「私コレカラ始めるのよ~」と言ってくれて、丹田に力が入りました(笑)
[2007/09/19 21:30] | 平和・人権運動 | トラックバック(0) | コメント(0)
揺れる私
スピリチュアルとフェミニズムの世界の真ん中で、揺れる時がある。スピリチュアルな世界は上下関係が決まっていて、お茶を淹れる仕事もトイレ掃除も新しく入会した人が率先してやる。男性はトイレ掃除もしないしお茶も淹れない。

皆でお茶を飲むときにも新人が独占して話題の中心になる事はないし、重鎮といわれる人の話に静かに耳を傾ける雰囲気で終わる。一方フェミニズムの世界ではあえて上下関係を廃止して、対等、平場が原則である。言いたいことをなるべく当分に言い、聞く。時にはリーダーが自分の過ちを認める柔軟性も必要とされる。

その世界の真ん中で、時々私は混乱した。
スピリチュアルな世界のしかめつらしさや、かしこまった雰囲気に反発したくなった。私の中の未熟さの表れではないかと自分を疑ったり、日本古来の価値観への反発もあった。権威に対して迂闊に信じ込みたくない慎重さの表れかもしれない。どんなに優れた霊能者であろうと、如来でもない限り、この世に受肉した以上学ばなければならないテーマを抱え、完璧とはいえないと感じるからだ。私のような新米が言うべきことではないかもしれないが、人間は元からスピリチュアルな存在であり、能力が高かろうと低かろうと、高邁な人格者はきっと緩やかに人を包み込む度量を備えていると思うからだ。反対に過ちも見過ごさず、ある部分は厳しいに違いない。

スピリチュアルな世界の筋道の立て方や、叡智に私は魅かれる。長く学んできた人の醸し出す清らかさや、心を掘り下げ、思索する生き方を私はこよなく愛している。

一方、ある部分革新的で、非常識だと感じる人が居るかもしれないフェミニズムの態度、率直さにもまた魅かれる。人権先進国では、ワーキングシェアは当たり前のことで、女性であろうと力ある人は出世する。偏見はぬぐわれ未婚の母であろうと大臣になる人はなる。保育制度も整い、男性も普通に家事をする。人権意識の高いカナダには専業主婦はいなかった。

一体私はどういう人になりたいの・・・?としばしば迷うし、考え込む。

真実を知りたいと強く願う私がいる。どう生きれば私らしく、役にたつ生き方が出来るのか?心の中庸を貫き、無念さを残さず、相手を思いやりながら人と関わること。とりあえずはそれをめざして生きていきたいな・・・と思うばかりで今日もまた、一日が暮れてゆくのだ。はぁ。
[2007/09/17 20:54] | スピリチュアリズム | トラックバック(0) | コメント(0)
まだまだ暑い!
図書館に行こうと思っているけど、丸焼けにされそうで、躊躇しています・・・ブタの丸焼きになれるゴージャスさはないけど、ししゃもの丸焼きくらいにはなれそう。

アニタさんの講座の初日に、高校で実際にワークショップを行います。夜、その打ち合わせに高校に出向き、いつもの事ながら教師のハードワークを目の当たりにさせられました。担当の先生の熱意・・・先生私がお会いしてからこの1年全然髪の毛を切ってないんだわ。美容院に行く時間がなかった、ということでした。肩をもんであげたい。私の周りには肩を揉んであげたい人がたくさん!

前のテンプレートが混乱しているようだったので、変更しましたが、なんかこれ怖いですね。あまりにもぴったり合いすぎて…。またしばらくして考えます。様子を見るということで。日本人、こういうの得意。
[2007/09/16 11:49] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0)
十代のための非暴力
アニタ・ロバーツのSAFE TEEN海外のサイトです。
今日は暑かったですね!文化祭の準備に子どもたちも夜遅くまで居残っているようです。夏の疲れが出やすい時期なので、ご自愛ください。
http://www.oceanview.sd47.bc.ca/counselling/Safeteen.html
[2007/09/15 22:08] | セミナー | トラックバック(0) | コメント(0)
ビュッフェ美術館
昨日三島に行きました。よんでくださった淳子さんは、私の絵本を見て講演に招いてくれた人で、長い間一家でスイスに住んでいた方です。昨日はBUFFET美術館に行きました。

淳子さんの仕事は、最先端のバイオテクノロジーの医療技術を翻訳してコーディネートする仕事。性教育のデータもすらすらと出てきます。

例えると桔梗のような人。凛とした中にすがしさがあって良い環境や優れたセンスの物を自動的に自分の身近に呼び寄せてしまう不思議な力を持った方です。天正遣欧使節を想起してしまいます。なぜなんでしょうね?

ベルナール・ビュッフェ美術館には子どもの部屋があって、工夫された楽しい家具、遊び道具、アート、お着替え用の服と裏に回ってそれを写真に写すための大きな額、などなど一日中夢中で遊べるものがたくさんありました。小さい頃にこんな美術館で遊んでいたら自然と美意識が高くなるのだろうなぁと羨ましくなる場所でした。フラワーセラピーのボタンにアップさせました。
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[2007/09/14 20:53] | 風景・旅行 | トラックバック(0) | コメント(0)
「みつばちのささやき」
ほんとに遠い昔、この映画を見た(1973年スペイン)私は、この映画の上映中奇しくも監督のヴィクトル・エリセと新宿のゴールデン街の隣の席でお酒を飲んだことがある。

アナ・トレントは、当時その澄み切った穢れのない瞳の美しさで一躍人気の出た子役で、成人してからの近況を知らないが、知りたくない気もする。あの映像のまま、映画を見た人達に郷愁を植え、妙に色気が出たり、くねった大人になっていてほしくないと願ってしまうからだ。

教職員WSで、私の叔母は15,6歳の思春期に親から身を売られた、と話す事がある。その経験が今日の私の性暴力に対する大きな後押しをしていて、今でも15歳の女の子が住み慣れた郷里を離れ、知らない人に囲まれ酒に囲まれ、見知らぬ人に身を任せざるを得なかったと思うと、ただただ悲しみがこぼれる。自分の娘に知られないようにベッドで涙をぬぐう事もある。悲しみに浸っているのを、叔母は喜ばないだろう。けれど溢れてくる悲しみは、もしもここに15歳の叔母が生きて現れたなら、頭を抱いて一緒に泣き、不運を呪い、彼女が得られなかったものをせめて少しでも潤したい、と願うからだ。少女、少年への性暴力のむごたらしさを微力でも誰かが伝えなければ、社会は決して自動的に向き合わない。仕方がないから見ないでは何も変わらない。

アイイスの霊視の練習中に、この叔母の伝言を伝えてくれた人がいた。「今生きている人には、自分のような不幸になって欲しくない」と伝えてくれた人は、泣きながら話した。そして皆がいない場所で「花町が見えたのよ」とハンカチで頬をぬぐった。叔母が私を見守ってくれているだろうなァと、しばしば感じる事がある。ミディアムが親族の住んでいた場所を克明に告げてくれたあと「もっと勉強したかった」と叔母のメッセージが残された。先日心霊協会で「過去の先祖の因縁にとらわれず、あなたは今と未来を思いなさい」とも言われた。

みつばちのささやきを見て少し悲しいのは、人は誰しも生きてゆくうちに苦渋を飲むような体験をして、いずれ自分の矮小さや他人のあざとさも一緒くたに生きる宿命が待っていると感じるからだ。アナ・トレントの無垢な瞳に、子どもであるがゆえの悲しみを感じる。

不幸を乗り越えず、ただ被害者の自分に甘えて生きるのは、ある意味卑怯な生き方だ。乱暴に聞こえるかも知れないが、人から報酬をいただいてメッセージを伝える人権活動は、参加した人に生きる気力を感じ取ってもらい、希望の囁きを伝えなければ意味がない。伝える側の人間には、いつも勇気が必要とされる。打ちのめされてる場合ではない…と思う。
[2007/09/11 17:14] | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0)
怒りの対処法
それがですねぇ…どこかのブログに(けだし名言!)と思わせるような言葉があったんですよ。霊能者の言葉です。でも、それをどこにあったか忘れてしまいました。
 怒りはフェミニストカウンセリングの中でよく扱うテーマです。傷つける武器にもなれば、理解できれば相手と自分をつなぐ架け橋にもなります。一番建設的なエネルギーの使い方は、それを昇華させて暴力防止の活動にすることだと私は思います。
 怒りは、健康的な怒りと、不健康な怒りの2種類に大雑把に分かれるといわれます。不健康な怒りとは、客観性がなく相手を思いやらず、過去の自分の未消化の体験から引き起こされる(転移)などの憤り。
 健康な怒りとは、一度表現してしまえばあとに残らず、さっぱりと忘れてしまえる怒りです。たとえて言えば、お腹がすいて愛情を示して欲しい赤ちゃんが、瞬間的に表現する泣いたりわめいたりなどのもの。
 この世を不満だらけで自分はいつも損な役回り…と思えば憤りたくもなりますが、ポジティブなエネルギーを維持するように努力して、周囲の出来事の良い部分や、自分の幸運を自覚する事。また自分の至らぬ部分を内省することから、人格を磨き、成長する成果を導きます。努力すれば、必ず誰かが見ています。
 怒っている時、自分の顔を鏡に映すのも良い、といわれます、誰だって醜い自分をみたくないもんねぇ。怒りを抑えて、すべてに慈愛を注げるようになりたいものです。道は遠いのだ!あぁ、前に進むしかない~~。
[2007/09/10 20:10] | スピリチュアリズム | トラックバック(0) | コメント(0)
まひるの月を追いかけて
最近、恩田陸さんの本を連続して読んでいます。この本は正直つまらない。他の作品(Q&A、エンドゲーム、6番目の小夜子)などに比べると精彩を書いている感じがします。でもこの一節は、親が人格障害などを持っている子どもの特徴を言い得ていて、んまいなぁ…と想ったので書き留めました。

「それは彼の母親の影響なのよ。すぐに濃厚な結びつきを求めて、相手に同化したくなってしまう。彼には美点だったのに、彼は自分が母親のようになることをひどく恐れていた。同時に、彼は同化したかったんだけど、他人に同化されること―理解される事をほとんど恐怖してたわね。母親のように自分を支配されたらどうしようと思っていたんでしょう。だから、友人や恋人との関係で、どうしても不自然なところで引き返すことになる。彼の細やかさに感動して、同じものを返そうとすると、彼に突然拒絶されることになるの」
 きっと研吾は、そういうことを繰り返している自分に傷ついていたのだろう。
 彼の優しい気質は、相対する人間に愛情を注がずにいられない。けれど、その愛情自体に最初から歪みがある。彼は大変な努力をして愛情を注ぐ。しかし、報われる事を望んでいないため、結果として、愛し愛されても彼はぼろぼろになるのだ。

[2007/09/09 19:41] | | トラックバック(0) | コメント(0)
子どもに「死」を教える
今日は保育園の園長先生に、子どもにどうやって「死」について教えれば良いか…質問をいただいたので、参考になる本の紹介です。小学校低学年でも似たような質問があると思います。

「こころのなかのおじいちゃん」モニカ・ギーダール著\1500アーニ出版核家族がふえた今、親しい人を看取るという厳粛な瞬間に立ち会えることは、滅多にありません。オラは自分のおじいちゃんから、死に近づきつつあるという実感をありのままに伝えられます。肉体は失っても、おじいちゃんの想い出はなくならないという子どもと老人のつながりを描いた本。

「さよなら、ありがとう、ぼくの友だち」河原まりこ、利岡裕子共著\1300岩崎書店自分のペットを失った事で、(仕事も手につかなくなるほど悲しむ自分はちょっと変じゃないか?)と感じたり、自分の感情を否定することがあります。大人であれ子どもであれペットロスを体験する事は、ペットを飼う以上、宿命です。悲しみは正常な反応であり、身近な人を喪失する哀しみと等しく、段階的な感情を乗り越えて心が癒しに向かう事を伝えようとする本です。

どちらも保育園児には少し量が多いのです。まず大人が読んで、噛み砕いてから補足する必要があるかもしれません。「死」を伝える事は同時に、今生きている事を伝えることに繋がります。もろくはかない命は、同時に、強く愛情に満ちた関係を作れるのだという事実を、どうか上手く伝えてください。「死」に直面すれば、恐怖や悲しみを思い出したり、涙がこぼれたりする事もあるかもしれませんが、恥ずかしがらないで、そのまま率直な感情を表現することが、最善の教育かも知れないと思います。

なお、きょうだい間の争いに関しては「憎しみの残らないきょうだいゲンカの対処法」アデル・フェイバ、エレイン・マズリッシュ著、きこ書房\1400をお奨めします。名著です。写真は子どもたちが作ったお神輿。プリンの部分が難しかったそうです。
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[2007/09/08 16:37] | | トラックバック(0) | コメント(0)
台風
朝、まだ風のある多摩川に行くと、普段はこんもりとした中州に様々な鳥たちがいる。黒鷺、シロサギ、かもめ、鴨、ツバメ、その他。まるでサンクチュアリだ。普段と違い川の流れが速いので、そこに集まってくる。時々空で威嚇行動を取り、曲線を描き旋廻している。娘は夕べから(どうか休校になりますように…)と祈り、その通りになって睡眠をむさぼり、やがて友人のうちへ遊びに行った。めでたい奴だ。子どもの時間と大人の時間も流れる早さが違う。
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[2007/09/07 17:58] | 風景・旅行 | トラックバック(0) | コメント(0)
あえてスピリチュアリストを批判する。
わがグループで、台風の中靴下を濡らしてCAP子どもワークショップに行った。朝8時15分に駅で待ち合わせして、4時過ぎまで小学校にいる。3ワークショップを終え、子どもの話しに耳を傾けると、肉体的にも結構へたへたである。でも、そこはプロの仕業…、熟女3人が強さを増してくる風を掻き分け、電車に乗って帰途に着く。いい仲間たちだ。

今までで一番辛かったのは、熱のある子どもを一人きりで自宅に寝かせ、仕事に向かう事だった。「寂しかったら、携帯電話に連絡してね」と言い残すと、バスに乗った途端子どもから「寂しい」と電話がかかってきて、泣くに泣けず腹が立つやら、やるせないやら、複雑な感情のうねりの中で仕事をしてきた。早い日は朝5時に朝食を整え、子どもの寝顔を残して仕事に向かう。CAPという人権運動に携わる人達には、結構小さい子どもを抱えている人がいる。

婦人相談員、保健士、教師、福祉事務所職員、援助職といわれる人達の中には辛い境遇の人を自分の事のように悩み、靴の底をすり減らして歩く人達がいる。あえてスピリチュアリストと名乗らなくても、充分に霊的な仕事をして、地味だけれど堅実に正直に、自分を誇りもしないで生きている人達だ。

ひどい性暴力を受けた子ども達の担任教師がいた。毎朝ひと泣きして登校すると言っていたっけ。事件のひどさを理解しようとしない上司と仲間なんだと私に手紙をくれた。その子たちに会い、その子達の母親のカウンセリングを引き受け、裁判支援まで一緒に歩んだ。保護者の許可を得て、日本性教育協会の月報に子どもの後遺症の記事を書かせてもらった。

霊能力の高いという人に記事を読んでもらったら「そんなのたいした事ないわよ。ははは」とそっけなく笑われ、あんぐりと口が開いた。霊能力の高さをスピリチュアリストと言うのなら、私はそんな世界にはそぐわない人間だ。大きな疑問符が頭の中で膨らんだままでいる…ついでに言うと、このブログで人をテーマにする時、本人に確認している。書いたあとには必ず見てもらっている。小さなブログであろうと、人の批判をすることが目的ではないので、気持ちの悪くなる内容は残したくない。けれどもあえて書く事に決めた。奇麗事で終わりたくない。
[2007/09/06 19:25] | スピリチュアリズム | トラックバック(0) | コメント(0)
西部警察
今日はすごかった!
目の前でへリコプターが6台も7台も空を震わせて飛んできたのだ!
多摩側の河川敷には救急車も消防車パトカーも合わせて11台。川崎側には2台。どうやら川にはまった人を救いに来たらしい。物見高い我が家のじいちゃんは目から双眼鏡を手ばなさない。パタパタと空中に停止しているヘリコプターはレスキュー隊を川に送って、どうやら無事に救助された。

昨日の学校もそうだけど、レスキュー隊の訓練はとても厳しいらしい。命は命を文字通り支えていると、こんな時実感する。

この部屋からは9月の調布花火大会の花火が、目の前で、轟音とともに鑑賞できる一等席。身近に誰も怪我しない、亡くならないことの平安を想う。いくら魂があるからといって、ねぇ。。。残暑厳しく、台風の折、あなたも元気出してね。
[2007/09/05 17:59] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0)
障害児教育
障害のある子どもの世話をしている、養護教諭の知人がいる。私は彼女の弱いものに注ぐ目線や、言葉使い、その情熱に出会うたびに心が打たれる。こういう人がいる限り大丈夫だと安堵する。でも、疲れてるなと思う。

魂の次元から言うと、あえて障害を抱える人生を選んだ人は、自分の魂をさらに磨くためのチャレンジをしているという。崇高さや、魂の強さを周囲の健常者に伝えるための信号機のような生き方かもしれない。例によって「カルマが…」という向きもあるかもしれないが、私はそう思わない。最初に書いたように「その人のカルマがあるから当然」と言ったところで現実は何も変わらないし、返って人を見下す考え方しか生まないと思うからだ。

もしも知能は高くて、でも肢体は自由に動かす力がなくて、伝える言葉の機能も壊れていたら、その人の魂は、ちょうど檻の中に封じ込められた小鳥のような状態に違いない。動けない、しゃべれない、自分で命を絶つこともできない。ただただ人の世話になり、人の思うままに動かされ、時に怒号や偏見のまなざしで見られ、暴力を受け、邪魔者扱いされたとしたら…

一昔前は、女の子は子宮切除手術を受けさせられる事もあった。事実、強姦の被害にあった子どもにも出あってきた。軽い障害であれば、騙されて犯罪に巻き込まれることもある。NHKで知的なハンディの人達が、罪をおかしたまま結局セイフティネットとして刑務所に服役する現状を報道していた。

自分にハンディがあったら、と思うと怖い。生まれる前にそういう人生を選べ、といわれても尻込みするだろう。チャレンジする人たちは、常に他の人への影響、魂のステージのメッセージを携えて生まれて来る。すごいなぁと思う。校長先生が言われた。「どの教職者も1度は障害児教育から始めて欲しい。養護学校では、人の痛みを学べる毎日が常に展開されているから」…と。

ある教諭が教えてくれた。子どもに怒りを感じたら、ポケットに手を入れる。次に腕を組む。それでも足りなかったら、後ろ手を組んでこぶしを握り締める。そうしたら固いこぶしから力が地面に逃げてゆく…さすがだ!早速見習おう。
[2007/09/04 19:33] | スピリチュアリズム | トラックバック(0) | コメント(0)
髪を切る
職人さん、というともっとも身近なところで美容師さんを思い浮かべる。平本さんは私が25年来通う、原宿に店を構える「ファブリス」という店のオーナーだ。通うといっても、今の住所に引っ越しして、年に2回くらいしか行っていない。昔は今の店舗の4倍くらい大きな店を構えて、女性ファッション紙の紙面をよく飾っていて、芸能人もたくさん通っていた。平本さんの良い所は無口な所だと叔母が言う。まぁ無口でもないんだけど、おしゃれにうるさい叔母が何年か通い詰めたくらいだから、相当な腕なことは確かだ。叔母の友人にも勧めたら、出来上がりの髪形にガッツポーズをして(思い通り!)と感激してもらったくらいだから私も嬉しい。

最近、カット代をケチって自分でカットしてみて「どうお?」と友人に尋ねたら「うん。そういうワイルドなの、私好きよ」と答えられて、やっぱり美容院にちゃんと行った方がいいなと思った。

私「自分で切ったんだけど、イケてるでしょ?」
平「うん」とにこにこ。
私「弟子にしてくれる?」
平「僕よりうまいかも」

私「平本さんは欲がないからね。よく人を育てたよねェ。もっと宣伝し  ないの?」
平「疲れるから、自分のお客さんだけでいいの」

そして、いつも細くて背の高い平本さんに、変わらないよね、と言うと
「いや、若い頃より15キロ太った。太るから1日2食しか食べない」と言う。15キロといえば猫3匹分である。そうかぁ、猫3匹分が平本さんのおなかにはいっているのかぁと、私は横目でそっと平本さんのお腹を見て帰った。
ファブリス 原宿竹下口より5分 03-3404-8797
[2007/09/03 19:40] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0)
シャンソン
今日はやまざきれいこさんのシャンソンライブに、十条まで行って来ました。やまざきさんは、私たちのアサーティブトレーニングのトレーナーでもあり、DVサポートやフェミニストカウンセリングの先輩です。
おとづれる人も、山岡鉄周研究会のメンバーや、心理関係の人など多種な幅広い人達。やまざきさんは私より一回り歳上。声は透明感があって、風や清流を思わせる流れるような素敵な唄でした。球根が泥を被ってもすっくと立って、厳しさの中に凛とした百合のような人です。「ひまわり」「アンデスの風になりたい」などが私は好き♪十条から徒歩5分のAMANEというピアノパブでは定期的にやまざきさんのライブが開かれます。年配の方が多く集っていらっしゃいました。一人では行きにくいかもしれないけど、一人で(おっかけ)をしているご婦人もいらっしゃいます。
AMANE 北区十条3丁目 03-3908-8011まで。
070902_141224_M.jpg

[2007/09/02 23:04] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0)
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