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子ども虐待ネグレクト横浜シンポジュウム
子どもへの性的虐待のセミナーに参加している。難しいテーマだがイギリスのゲーツへードの児童相談所のケースワーカー3人。オーストラリアのアンドリュー・ターネル(ファイリーセラピスト)が来ている。難しいけどとても面白い。
一人でランチを食べに行ったら、隣のテーブルに同じ会場で見かけた若い女性がいた。またその隣には、親子連れらしい、中年の女性と脳性まひの青年が座っていた。青年はやや大きな声で自分のオーダーをウエイトレスのお姉さんに告げ、はっきりと細かいことも含めてちゃんと伝えようとしていた。

その声が周りの人の注目を引いた。
私はランチを食べながら隣の女性が立って何かしている。彼女は自分のテーブルの真ん中に衝立を作って、大きいメニューや小さいメニューで隣との仕切りを作っている。

いやぁな気がした。

もし自分がその親子連れだったら、どんな気持ちがしただろう?
彼女のテーブルは彼女がお金を払って短い時間借り切ったもので、誰も何も言うことは出来ない。その空間をどう使おうと口出しする事でもない。静かに食事を愉しみたかっただけかもしれない。・・・レストランにはいろんな人が来る。よちよち歩きの赤ちゃん、杖をついた人。車椅子の人。人の権利を侵害しようとするのでなければ、誰しもが正当に扱われ、不快な態度をされずに安心してものを食べる場所だと思う。特に困難なテーマを学び来たはずの人が取る行動だとは思えなかったのだ。1日の間には様々な人とすれ違う。その見も知らぬ、一日だけ出会う人であっても不快さを残すような事をされるのは残念だ。私の思い過ごしなのかなぁ?とにかくなんだか悲しかったのだ。

外にでると潮の香りがする。
山下公園が目の前で、台風が近い海は昏い緑色をしている。波の表面には鳥肌がたったように雨粒がぽちぽちと白い穴を穿っている。

高校生の頃、友人が言ったことがある。
「雨が降る時って、海にも降っているんだよねぇ」・・・それを今回まざまざと見せられた。寒かった。
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[2007/10/27 22:30] | 平和・人権運動 | トラックバック(0) | コメント(0)
おもいやり
大人は子どもによく「おもいやりを持ってね」と言うが、こういう言葉ほど疑わしいものはないと思う。おもいやりって、なんだ?その人の立場に立って、その人が感じるように共感すること。

人は似たような体験はするが、他人と同じ体験は出来ない。せめて、自分の中の体験で似たような感情を照会し、その人の痛みに添おうと体を傾けることしかできない。それでも共感力がどれほど人を憩わせ、人の生きる力に影響するか、私は知っているつもり。

大人は皆忙しい。みな生きる基準を持ち、目的を持ち、せわしなく頭を働かせ、手を動かす。

せめてゆっくりと言葉にしたい。ゆっくり歩き、ゆっくり食べ物を噛みしめたい。子どもの視線に下がり、自分の子ども時代の事を振り返りたい。あの頃何を感じ、何をしてもらいかったか思いだしたい。心を許せる友達に本当の気持ちを話したい。受け止めてもらいたい。自分を省みれば、1歩前を歩く人生の先輩がいる。後ろから歩き続ける若い後輩たちがいる。ありがたいなと、思う。
ike.jpg

[2007/10/17 23:50] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0)
霊能力
心霊協会では、統一と呼ばれる瞑想の時間の後、参加者それぞれに毎日の生活での留意点をアドバイスされる。今日私は「どうもあなたは落ちつかないとすぐに人を丸呑みにして信用してしまう。それが心配だ」と言われて苦笑してしまった。これはピースの事務のSさん、Kさんからも言われることで、人は私を(お人よし)と呼ぶ。

最初から人を疑ってかかったり、裏で画策する事が苦手だ。かといって人に騙されたり、裏切られるとひどく傷つくのだが、この性格を自分で容認しているから始末が悪い。大人の知恵と言うのは多方面からものを見て、近未来を推測したり、予測できる能力があり、人間の本性を見抜ける力だと思うが、私は頑固なまでに生善説を信じ込んでいるのかもしれない。それとも単純に馬鹿なのか!?

良いじゃない・・・と思う。
人を裏切る罪悪感や、この人を貶めてやろうと虎視耽々と狙う毎日なんて、送りたくないが、馬鹿正直はこれだから始末が悪いのだろう。

そして茶話会のとき、隣の人に「可愛いお嬢ちゃんと一緒に幸福にならなきゃいけないもんね」と唐突に話しかけられて、ゆっくりと後から驚いた。そんなこと一言も言ってないのに、見抜かれちゃってルンである。その人は「出会う人50が良い人で、50が悪い人と思っているほうがいいのよ」と言った。何でこうもこうも心の底を見透かす事ができるんだろ。こわ~い。

[2007/10/15 22:18] | スピリチュアリズム | トラックバック(0) | コメント(0)
自殺防止プログラム
3チャンネルで全国で3番目に自殺防止の事務所が出来ると放映されていて、目が離せなくなった。

「自分の人生に意味があるんだろうか?なぜ生きているのだろう」と20歳以降悩んだ事がある人がどれ位いるのかわからないが、当時通っていたエッチングの工房でつぶやいたら「何青臭いこと言ってんの!」と馬鹿にされた・・・30歳以降、また同じことを誰かに聞いたら「思春期には考えたけどねぇ・・・」と答えられて、自分がおかしいのかな?と首をかしげたことがある。

人が死にたくなる瞬間の、揺らぎというか、ふと暗い淵のそばで深い谷底を見下ろすような気持ちには覚えがある。つい40代までそんな気持ちに駆られる事があったし、厳密に言うと今でもそういう揺らぎは感じることがある。そもそも人権運動に飛び込んだことそのものが「死ぬ」と言う甘い罠にとらわれたくない自分の切望だったかもしれない。

自殺サイトで契約した21歳の女性が、報酬を払って殺された。昨年6月には小学校の初任教師が命を絶っている。どの人も「死ぬ」と決めた瞬間、希望が見えない。自分の人生には後がないと思っているし、存在すること自体が役にも絶たず、人の迷惑になるとさえ思っている。聞き手に必要なのは理論でも説教でもなく、真剣に聞き取り、共感し、自分の感情の健康な反応を伝える事だ。聞き手がそれに反応してくれたら、そこからまた違った相手の感情が生まれてくる。

感情に溺れすぎると人も自分を傷つけるが、感情を表現しなければ人との関係は育たない。いつもいつも健康な自分でいる事は難しいが、いつも意識して考え、行動しなければ、死の誘惑に囚われる。人間とは、かようにある意味脆く、か弱い。

誰かの思い出でも、何かおいしいものでも、明日の光を求める気持ちでも、現世に自分を呼び寄せてくれるものを求めている人がいる。だからホットラインに電話するのだ。電話するという行動そのものは、黄色信号の自分の命が現世に呼び寄せようとする力なのだ。今日も真夜中、誰かの信号に答え続ける人がいる。
[2007/10/11 23:13] | 平和・人権運動 | トラックバック(0) | コメント(0)
10月のサテンの夜に
ドアを開けると、ほのかに甘い匂いがした。
その匂いは日を増すごとに濃厚にあたりに立ち込めてゆき、やがて町中どこに行っても、茂みや庭木を見渡すと、深緑の葉陰に金の星を散らしたような金木犀が瞬いている。
 男が尋ねてきたのは、そんな10月の宵が陰りを帯びながら、月のほの白い顔をいっそう引き立てようとする時刻だった。ドアを開けると、見知らぬ男が立っていた。その男は薄いセロファンに包んだ薔薇を私の目の前に急にさし出したので、がさがさとうるさく音をたてるセロファンの音に促されあわてて薔薇を受け取った後、二人の間には、あたかも唐突な夜のように、沈黙が降りてきた。

花束は銀の握り口が重たく、あっという間にその重さが手のひらに伝わり、ジンジンと痺れはじめ、やがて痛みを伴って瞬間的に脳に伝わり、危険だと思った時には薔薇が燃え始めていた。

炎のように燃えあがった薔薇は、ぐるぐると中心がうずまき、紅色は深紅になったり茜色になったり微妙に変化して、やがて白い煙りが尾を引いてあっという間にセロファンの間で燃え尽きた。パチパチとセロファンが焦げる匂いがする。私はあわてて指を開き、花束を取り落とし、バサリと言う音と共に花束は床に落ちた。呆然とする間に、男の姿は目の前から消えていた。後にはいつも見慣れた庭の形がうっすらと闇にまぎれながら、鈍く光るサテン生地のように横たわっているばかりだった。花束がなかったら、なにも起きていないと思い込む速さだった。
syuumeigiku.jpg

[2007/10/10 22:46] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0)
高校生のお化粧
私は娘が30分かけて、お化粧をして高校に行くのを快く思っていません。かといって、大人たちがしている事を、少し背伸びしてやってみたい気持ちもわからないではないのです。大人の中には「いいじゃないの。今はそういう時代じゃないんだよ」と言う人もいます。これは私の懐に飛び込んできた若い命に対する、親としての考えです。

何年か前、カナダで娘のベビーシッターを頼んだ家族は、移民をした韓国の方たちでした。そのお嬢さんがちょうど今の私の娘と同じ位の年齢で、耳にはピアス、軽くお化粧している姿は、大人になる直前の若い魚のようにしなやかで美しかったのを覚えています。高校生が化粧する事に、内心驚きました。

欧米のティーンエイジャーが、そんな風に立ち振る舞うのも、学校でも家庭でも違う文化ゆえの何か理由があるに違いありません。聞くところによると、自立するに関しては18歳になると大抵の子どもは親元から旅立つと聞きます。

では高校生らしい・・・と言うのはどのような考えに基づくのか?
進学であれ、就職であれ、2歩先の自分の生き方や理想を心に描き、希望のある進路でなければ味気ないに違いありません。家庭が貧しくて思うような進学が出来なかったとしても、就職して、その後自力で進学した何人かを、私はよく知っています。猛勉強したり、自炊して月に2万円の食費でやりくりした若者たちを知っています。立派だなぁと惚れ惚れしました。私自身も子育てしながら8年を掛けて放送大学を卒業しました。

私は、ファンデーションを塗って薄く塗りこめた肌が輝くのを知っています。目の周りをシャドウでぼかして、大きくパッチリと描く見せ方や、濡れたルージュが男性の心をかき乱し、自分に惹きつける力をも知っています。まだ十代で、色々な男性を知りそめる前に、性的な自分の魅力に溺れてしまうことの愚かしさや危険を大人は体験しているのです。特にお金でセックスを売り、買いする過ちに関しては、自分の子どもには危険な目にあって欲しくありません。今異性の注目を引き、それが自分のアイデンティティに固まってしまう事に、警告を発したくなるのです。

娘には、妖しく男ごころをゆする魅力を駆使する前に、自分のありのままの16歳らしい幼さも含めて、素顔の美しさや可憐さに気づいて欲しいのです。肌を厚塗りして、異性への虚栄や駆け引きを覚えて欲しくないのです。

1誰しも000円の化粧水に飽き足らなくなった時、もっと自分を美しく見せるために、次には3000円の化粧水を求めたくなるでしょう。欲望に歯止めを掛けて自制する力を学ぶのも、思春期ならではのテーマです。性ホルモンの分泌に促されて、イライラした衝動的に駆られて失敗し、痛い自己嫌悪とともに学ぶ事も必要なのかもしれません。けれど、親としては、大難が小難に、中難が無難に・・・とお百度を踏みたい気持ちに駆られています。(+_+)
[2007/10/09 22:49] | 子ども | トラックバック(0) | コメント(0)
親ばなれ子ばなれ
秋の庭がおちつくのは、激しい夏のあと、今一度安らぐことについて懐古させる力ゆえかもしれません。いつかは娘も離れてゆくのだなァと感慨ふかい日々。先日の夜、娘のカレシを家に呼びつけて、付き合い方について親の考えを言い含め、カレシに成長できるような交際のお願いをしました。明るくてスポーツマンの、気立ての良さげな今風の若者。靴のサイズは28センチだって。
はぁ~、^_^;わたしも人の子の親として、こういうことをする人になったのだわね!驚きだわ。こういう時にはクラシック音楽を聞いてこころを鎮めたい。


[2007/10/07 15:47] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0)
蟋蟀(こおろぎ)
朝、近くの梅の畑にマンジュシャゲの花郡が。これはフラワーセラピーに近じかアップしますね。

ひさびさにお日様が輝く朝です。小学校の休み時間に、校庭で子どもが蟋蟀を追いかけていました。蟋蟀がピョンと飛ぶと、子どももピョンと飛んでやっと捕まえた太った蟋蟀・・・おいしそう(!?)
koorogi.jpg

[2007/10/04 17:55] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0)
襲ってきた鳶
家族旅行の途中、歩き疲れた皆を残して江ノ島の江島神社に行きました。階段は,軒と軒がくっつきそうな細い坂道をくぐり抜けるように続きます。お参りをして、展望台で残ったおむすび食べていると、頭の後ろから急に風が吹いて、あっという間におむすびは鳶の爪の間。ばさりと髪の毛に翼が触れて、一陣の風とともに去ってゆきました。まるでセロのマジックみたい。ぴ~ひょろろ・・・あれは戦利品を巻きあげて、しめしめ間抜けな観光客にしてやったり!と言う雄たけびなのでしょう。

1986年すばる文学賞を受賞した(16歳のマリンブルー)本城美智子・著
この土地で生まれた少女のみずみずしい感性が描かれています。
写真は旅館の前菜・・・おいしかったです。ごちそうさま!
07yugawara.jpg

[2007/10/01 21:49] | 風景・旅行 | トラックバック(0) | コメント(0)
スピリチュアルなティータイム


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